最後のメッセージとして
仏様の形になった
骨を見せたの覚えているだろうか
少なくとも信頼を込めて
それから遠く離れた友達として
出来る限り応援。
責められたとしても
それだけなのだ
残酷なのは納骨終えた後
喜びの再会として続けてきた日々。
家族の死は重い
けれど
他には無なのだと感じた。
他に同じことを繰り返されないように
願います。
…
夢狂さんは応援していました。
心が都合よく動かなければ無となる人間関係だったとするなら
それは
土地土地の暮らしを夢見た結果なのだと感じます。
私は父、母の出身地を掲載しています
その土地土地に想いがあり遠方からでも
見ているという親戚へのメッセージでもあります。
掲載した作品
アフガニスタン 夕暮れ時
仏教遺跡近くで子犬を抱いて優しくほほ笑む少女
六年以上前の資料から
仲良く出来るものが仲違いさせられないように…
…そんな気持ちを
少女から感じ取りました。