熊本…
父と姉が眠る場所。
父の死後、誰かの作為により
自ら人生を終わらせたと伝えられ
父の印象が変化していく家族。
初めてそれを知ったのは
東京に住んでいた親戚から。
楽園と炎の狂人展の時は
島の件も重なる頃で…思い出すように
母から聞かされ負担を感じていました。
夢狂さんに相談すると
状況から自ら人生を終わらせたとは考えられないそう言われ続けました。
誰かの作為と知ったのは
熊本へ家族の納骨と供養に向かった時。病死だったと確信を持てる証言を得ました。
何故か…住む場所により事実が変化。
島の件から始まり
父の死の真相が次々解けていったのは
死者を想えば当然の事と感じています。
そんな事もあり懸命に生きた父の写真を掲載してきました。
私の家族は命の限り生きたのかもしれませんが
誰かのために犠牲になるような作為の日々は忘れられません。
私もたくさんSOSを出して、行動して
一人で抱えていた経験が続いていました…
もしも誰かが命のSOSを出している時
気づいたら何が出来て
直接相談された時、
どうしたら冗談にして逃げず
相手の命を一番に想って今を一緒に生きていけるのか。
救える命を失わなずにすむように…
鬼が島…
ここは熊谷市善ケ島。
すこしの言葉の変化で
印象が大きく変わると実感。
心の叫びにも感じる作品。
私のSOS
SOSの連絡を今年の前半
九州の知人へ入れてもらいました。
前兆となる事が既に起きていて怖かったからです。
所が夢狂さんには『ネット見ているんですか』
私には『僕のこと心配してくれたんだよね』
そう繰り返されるのです。
事態の重さに全く気付かず
その温度差に呆れて言葉が出ませんでした。
大きな負担に感じているのに何も教えてもらえない。
誰かにメッセージをしても内容を知らず知らず回されてしまう恐怖。
状況がどうなっているのか自分なりに工夫して探る日々…
一枚の写真から憶測が生まれ現在に至る原因、
せめて歌を応援して手にした夢狂さんには
きちんと説明すると信じていました。
事態はあの連絡時、終わらせるのが一番良かったと今でも思います。
私としては
去年の12月24日にグーグル辞めて終わりにしていたのです。
勇気を出したSOSの連絡すら
夢狂さんがネットに関心が無いのを逆手にとって
話を早々にまとめ片付けてしまった知人。
私の所へ話す事が出来ない
けれど他の人には丁寧な説明出来るというのが
これまでを物語っています。
自分が一番大事。
他人はちっぽけな存在。
だから我慢して黙っててほしい。
これが真実でしょうか。
五分で片づけたい出来事だったとしても
五分の中に凝縮した話も出来たはずだった…。
SOS発信が終わる日を夢見ています。